6. サンタクロース危うし! -2
12月24日。
今日はバリバリ仕事をこなして、できる限り定時にあがらねば。
勇んで出社した僕に、暗雲がたちこめる。
原因は大久保先輩だ。
大久保先輩は体育会系を絵に描いたような男で、身体もでかければ声もでかい、
いつも必要以上に熱く、存在自体がちょっとうるさい。
だけれど情に厚く面倒見がよいその性格から、彼の事を悪く言うやつはいなかった。
そう、愛すべき先輩なのだ。
実際僕も僕の同期の奴らも、落ち込んだ時、先輩によって救われた事が何度もあった。
その先輩が、朝からものすごく暗い。
もう、今までの先輩からはあり得ないくらい、暗い、暗い、暗すぎる。
気にはなるのだが、とてもじゃないけど「どうしたんですか?」なんて
気軽に聞ける雰囲気じゃないほど暗いのだ。
昼過ぎ、僕は同期の秋山から「ちょっと」と呼び出された。
喫煙ルームに入ると、秋山はおもむろにこう切り出した。
「大久保先輩の事なんだけどさ・・・。」
「えっ、お前なんか知ってるの?」
「 俺、昨日見ちゃったんだ・・・新宿の駅の前で・・・先輩がコンクリートの壁に
頭打ち付けてるとこ・・・」
「えっ!!???」
僕はすぐに想像ができなかった。秋山の話だと、新宿駅前の人の多い路上で
本当にビルの壁に向かって頭をガンガン打ち付けてたらしい。
そして、側にいる女性がしきりに「ごめんね」と謝っていたのだそうだ。
「つまり、失恋・・・なのか?!」
「う〜ん、多分。 ・・・でさ、相談なんだけど・・・今晩先輩を励ます意味で、
飲みにいかないか?」
「ええ〜〜っ!!!」
僕も先輩には何度もお世話になってる。
以前、 僕が仕事で大きなミスをやらかしてしまって、もう辞めてしまおうかと思った事があった。
その時救ってくれたのもやはり先輩だったのだ。ああ、でも、よりによってなんで今日!?
「なんだよ、お前先輩が心配じゃないのかよ! 、先輩ああ見えて結構根は繊細じゃないか。
このまま放って 置いたりしたら・・・」
そうなのだ、いつもポジティブな方に向かっているあの情熱をネガティブな方向に傾けた日には、
もう自殺だってしかねないんじゃないだろうか・・・。
この期におよんで「僕はサンタなんで」とはとてもじゃないけど言い出せない。
「よっし、飲みに行くか〜!」
「そうこなくっちゃ〜!!!」
もうこうなったら、先輩にガンガン飲んでもらって、寝入ったところを家まで送り届けるしかないか。
彼女との待ち合わせは22時だから、 ギリギリなんとかなるだろう。
が。
そう思ったのが間違いだった。
「あきやまぁ〜〜。俺ってダメかぁ〜?」
「そんなことないッス、先輩のいいところは俺らがよ〜く知ってますから。」
「あ〜き〜や〜まぁ〜〜(号泣)」
そういえば今まで 先輩と飲みに行って俺たちがつぶれることはあっても、先輩がつぶれる事は
一度もなかった。しかも、酔ったところを見たことすらなかった。
失敗だった。先輩がこんなに泣き上戸だったとは・・・。
時計は23時半をまわっている。何度かトイレに行くふりをして彼女にメールで状況は伝えて
みているものの、この先どうすりゃいいんだか・・・。
サンタクロース計画、ついにここまでか!?
と、僕の携帯が鳴った。彼女からだ。ついに怒ってかけてきたのか。
メールで電話はかけないでくれって言っておいたのになぁ〜。
「なんだよ〜、すぎたぁ、女から電話かぁ〜〜、やっぱり彼女待ってんじゃないのか〜。
俺には構わず行ってもいいんだぞ〜。俺は一人で大丈夫、大丈、、、ううう〜〜」
「先輩、ひとりじゃないッス。俺らがいるじゃないッスか!」
「あ〜き〜や〜まぁ〜〜(号泣)」
「いや、先輩、ちょ、ちょっと失礼。もしもし〜?」
「もしもし、サンタさん、トナカイです。お迎えにあがりました。」
「えっ?」
「もう近くまで来てるんです。出てらしてくださ〜い。」
「 えっ、出ろって言ったって・・・」
「なに、出る?おし、次の店いくかぁ〜。今夜は飲むぞ〜〜〜!」
「・・・って、先輩。あ、先輩が出ようとしてるから、かけなおすぞ!」
とにかく先輩と彼女を会わせるわけにはいかない。
なにせ今夜の先輩には 「彼女」という言葉は禁句なのだ。
秋山にひとまず会計を頼んで先輩を追い掛けて外に出ると、そこには!
なんと、真っ赤なロードスターに乗ったリアルトナカイ(本当は鹿)が待っていた!!
先輩はしばらく黙っていた。が、
「・・・ト、トナカイ!トナカイじゃないか!!」
先輩、あれ、ホントは鹿なんです・・・と言いたかったが、そんな場合じゃない。
困っている僕に向かってトナカイは一礼して、サンタの衣裳と例のプレゼント袋をうやうやしく差出した。
「先輩・・・俺、実は・・・」
「皆まで言うな!! そうか、そうだったのかぁ!なんだよ早く言ってくれよ〜!!!
お前がサンタさんだったのかよ〜〜、俺、初めて本物に会えたよぉ、うれしいよぉ〜 (号泣)」
いつの間にか後ろに秋山も立っていた。
ほぼしらふの秋山は、サンタの衣裳を着て鹿の面を被った人間と、それに喜んでいる先輩に訳がわからず
キョトンとしている。それが普通の大人の反応だろう。だが、ここは先輩が酔ってることに感謝!
「先輩・・・ごめんなさい。そんなわけで俺はもう行かなければなりません。
世界中の子供達が俺を待っていますので。」
「うんうん・・・ 行ってこい。世界中の子供達に夢を与えて来てくれよぉ!」
僕が行こうとすると、トナカイがプレゼント袋を指差した。
中を見ると、子供たちへのプレゼントとは別に、小さなリボンのついた袋がふたつ入っていた。
「あの、これ・・・。メリークリスマス!」
僕はふたりにプレゼントを渡すと、さっそうと車に乗り込んだ。
「秋山もごめんな!行ってきま〜す!!」
イルミネーションきらめく繁華街にふたりを残したまま、車は一路海沿いの街へと向かった!
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